1.使わなくなった脳

当時は特に不便を感じていなかったものが、ある商品やサービスの登場により「あの頃は不便だった」と振り返ることがよくあります。つまりは「便利になった」ということなのですが、便利になったことで失われるものもあります。(それが良い、悪いという話ではありません)

その一つが「脳を使うこと」です。

計算問題や会社の売上を計算する際に、筆算をすると時間がかかるため、暗算で素早く解答を出そうと努めていましたが、肝心なところで桁を間違えて取引先に不信感を抱かれた経験があります。いまとなってはパソコン・スマホ・計算機(電卓)が一瞬で解答を出してくれます。

立体図形の断面(切断図)の面積などを求める問題において、断面がイメージできない時、何度も何度もノートに書いてイメージしようと努め、それでもわからない時は豆腐を使い、手を切らぬよう包丁で必死に断面をカットしたことがありました。いまとなってはICT教材が映像を使って分かりやすく断面をきれいに、しかも一瞬で表現してくれます。

「いちいち調べてメモをする時間がもったいないから顧客の電話番号は覚えてしまえ!」と上司に言われ、曖昧な記憶をもとに間違い電話を何度もかけてしまい、さらに怒られたことがあります。

いまとなってはスマホの電話帳機能や音声での指示により、一瞬で電話をかけてくれます。

このような「あるある」は別の機会に皆さんから集めてみるのも面白いと思いますが、「脳を使わなくなった」という一点で共通しています。

2.脳を使う習慣

AIの進化と共にわたしたちはますます脳を使わなくなるでしょう。しかし、一方で今後、AI等と共存する私たち人間に求められる力は「思考力・創造力・課題解決力・主体的な取り組み」など人間にしかできない力です。そして、これらは脳、特に前頭前野をフル活用することばかりです。

神経科学の世界には「Use it or lose it」の原則があります。「使われれば結びつき、使われなければ失う」という意味で、脳内の神経細胞を結ぶシナプスは、使われないと刈り込まれます。

いわゆる脳トレだけをすることに意味があるか否かの議論はさておき、それでも日常に「あえて脳を使う時間」を設けることは今後の社会で私たちがより幸福感を持って生きるうえで意味があるものとなるでしょう。

前方を走る車のナンバーの数字を見て足し算を暗算すること、すべて掛け算することなど遊びの要素を問い入れると良いでしょう。

最近は「耳からの情報処理」に注目が集まっていますので、ラジオや音声メディアを楽しむことも良い取り組みです。

また、学校で配布される算数の教科書、ドリル、問題集を使って、自らが筆算をせず頭の中で暗算をすることや、他者に文章問題を読み上げてもらい、耳からの情報だけで答えを出すような取り組みは脳(特にワーキングメモリ)に非常に負荷をかけることができます。

但し、この取り組みをする際は「間違えても良い」という条件と環境を作ることが前提となります。正解か不正解は問わず、脳を使う時間であることが最大の価値です。これは家庭でも塾などのスクールにおいても有効な取り組みです。

このような取り組みを通して脳を使うことを楽しみながら、学力を高めるアプローチへとアクセルを強く踏み込むと良いでしょう。

3.ワーキングメモリと学力の相関

私たちは2008年に北海道大学澤口研究室との産学共同研究により「ワーキングメモリと学力の相関」を下の図の通り公開しています。

「ワーキングメモリを使う」「ワーキングメモリに働きかける」とは簡単に表現すると「ある情報を記憶しながら処理する脳の働き」です。

国語の読解問題や算数の文章問題で例えます。

問題を解くにあたり、文章を読み進めながら、その情報を記憶して処理しています。文章を読んだ先からその内容が記憶できていないとすると文章全体を通して何が書かれているかを理解できません。

算数の文章問題も同様に、文章を読みながらその情報を記憶してイメージします。同時に計算や立式(論理的に考えて四則を使って論理を組み立てる)をします。このように複数の作業を同時に進める際にもワーキングメモリを使っています。

学校で配布される国語の教科書のあるページを音読させた後に教科書を閉じて、その内容に関する質問をするというのは読解力を高める上で効果的な学習アプローチの一つです。

このようにワーキングメモリを使う学習を取り入れることが学力の基盤となります。

3.ワーキングメモリと学力の相関

ワーキングメモリに働きかけながら教科の学習を進めることと併せて、ワーキングメモリ自体に働きかける単独のトレーニングもあります。

私たちが開発した「脳力道場」はワーキングメモリに働きかけるトレーニングとして大手学習塾等でも採択さており、記憶力のみならず集中力等を高め、学力向上にもつながる効果的なトレーニングです。

教科型学習のベースとなる基礎学習“脳”力を高めるトレーニングとしてぜひ日常生活の一部に取り入れてみてはいかがでしょうか。